旧岡崎邸の活用
旧岡崎邸は、史跡に指定するのが最善の方法と考えられる。
建築物の建築デザイン的な価値
旧岡崎邸は次のように武家屋敷としての設えを備える:
- 式台を備えた表の3室は奥の間に床の間を配する続き間構成となっていること
- 床差しの3室を連ねる棹縁天井となっていること
- 長押がなく、室境に高さ2尺の立派な筬欄間を有すること
- 高い天井高さを有すること
- 床の間を広く取り、設えが整っていること
しかし、旧岡崎邸の特徴は、武家屋敷でありながら商家的な設えを多く保有し、
武家屋敷の常識を越えているところにある。
具体的には、以下のことが言える。
- 2階建てとなっていること
- その結果とも言えるが、スギ材の柱寸法が5寸2分と大きいこと
- 面皮柱を多用し、数寄屋的な瀟洒なデザインが1階奥の主人室と言われる部屋と2階の
座敷を始めとする各室に見られること
などから言える。
構造的には昭和18年の鳥取地震にも耐える強靭さから実証されているが、地盤・足固め、軸組、小屋組の何れを取っても極めて入念に設計され、施工されている。
武家屋敷としては特殊な設えとなっているのは、岡崎平内家自体の特徴を示すもので、岡崎平内家の代々の歴史と関連し、武家住宅の歴史としても重要な意味を有する。具体的には、5代目岡崎平内(可之)は、因州藩の財政立直しに重大な役割を果したこと。また、7代目岡崎平内(可観)は、島根県に併合された鳥取県の再置に尽力し、鳥取県会議長を務めた後、初代鳥取市長を努めるなど、鳥取県並びに鳥取市の明治前半期の政治家として活動すると共に今日では鳥取市無形文化財となっている雖井蛙流を広め、更に数多くの産業の振興に尽力したこと。
更にこの建物で生活した人々の中で中田正子は特筆に値する。わが国の女性弁護士第一号であったと共に壊されようとするこの建物を身を賭して護った人であった。
などが挙げられる。
旧岡崎邸を国指定の重要文化財とするには次のような理由から更にかなり詳細な調査が必要となる。
旧岡崎邸の建設当初の姿並びにその後の改変過程を完全に明らかにするためには更に詳細な解体工事を要する。
鳥取市の歴史的建造物のリストが存在しないので、文化財とするべき優先順位を付け難い。
これらのことから旧岡崎平内邸を鳥取の存在にとって極めて重要な役割を果した代々の岡崎平内家の史跡とするのが最も相応しいものと判断される。
史跡とすると岡崎邸には次のような活用計画が生まれる。
1) 地域教育施設: 岡崎平内の生涯を通して郷土史を学び、市の無形文化財に指定されている雖井蛙流を継承する青少年を育成し、広く地域教育施設として活用する。
2) 生涯学習施設:核家族化の進展に対応して幅広い年齢層(幼児からシルバー世代にいたる青少年)の交流の場として活用する。
3) 研修施設(建築):スギ材の活用技術、耐震技術など岡崎邸に使用された技術を示すなかで建築技術向上のための研修施設として活用する。
4) 研修施設(日本文化・郷土文化):有形無形の伝統文化にかかわる研修施設として活用する。
5) 養成施設:観光ガイドの養成施設とし、体験学習を行う施設として活用する。
6) 観光施設:県並びに国内外の観光客の日本文化体験型観光施設として活用する。
7) 住居としての活用:この建物の維持管理には常時目を掛けることのできる居住者の存在が期待されるので、主屋の一部を居住用に供することを可能とすることが望ましい。
(要 史跡内居住に関する考え方の整理)
活用の効果
岡崎邸の屋敷を市の史跡並びに文化財として整備し、更に上記のような活用することは、市の観光スポットが増えることを意味する。
市内観光には徒歩ないし自転車が適当であり、このような観光には適宜休憩するポイントが必要であるが、仁風閣から観音院、樗谿神社に至る長い散歩道の休憩地となることが期待される。
この場所で鳥取市の無形文化財である雖井蛙流の奥義を学ぶものが増えることは、地域文化の社会的評価を高める上で大変大きな意味を有するものと考えられる。